先日、小田原駅の近くに用事があり、せっかくなので小田原城に立ち寄ってきました。
これまでの私にとって小田原城は、どちらかと言えば「豊臣秀吉に攻められて滅ぼされた城」というイメージが強い場所でした。
しかし、実際に天守や展示を見て歩くうちに、その印象はだいぶ変わっていきました。
今の私たちにこそ必要かもしれない、「もうひとつの戦国の姿」が、小田原城には詰まっていたからです。
「小田原攻め」で止まっていたイメージ
小田原城と聞いて、真っ先に思い出すのは秀吉による小田原攻めでした。
・全国の大名を引き連れての大包囲戦
・難攻不落と言われた城が、最後は開城して北条氏が滅びたこと
・そこで戦国の終わりと、秀吉の天下統一が決定的になったこと
歴史の授業や本で触れるのも、たいていこのクライマックスの部分です。
私自身も、「最後は秀吉に負けた一族」「滅ぼされた側の城」という印象で止まっていました。
北条氏は「百年の平和」を築いていた
今回、小田原城の展示を見て一番驚いたのは、
北条氏が約百年にわたって、関東一帯を安定して治めていたという事実でした。
・初代・北条早雲から始まり、五代にわたる統治
・親兄弟で血で血を洗うような争いをほとんどせず、一族内が比較的安定していたこと
・年貢や税の仕組みを整え、城下町や交通を整備し、領民の暮らしを安定させようとしていたこと
展示パネルや解説を読んでいると、「戦に強い武将」というよりも、「長く平和を保つために、地道に政治とまちづくりを続けてきた一族」という側面が見えてきます。
戦国時代と聞くと、どうしても派手な合戦や裏切りのドラマに目が行きがちですが、その裏側で、「どうすれば人々の暮らしを守り、領地を安定させられるか」を考えていた人たちがいた。その一例として、北条氏がいたのだと知り、私の中で小田原城の意味が少し変わりました。
「北条五代を大河ドラマに」という動き
小田原城のパンフレットやポスターを見ていると、「北条五代を大河ドラマに」というフレーズが目に入りました。
これまでの大河ドラマで取り上げられる戦国武将は、どうしても「合戦の主役」「天下取り」に近い人たちが多い印象があります。もちろん、それはそれで面白く、物語としても魅力的です。
でも、北条氏のように、
- 親兄弟で争わず
- 百年にわたって地域を治め
- 民の暮らしを支えるための仕組みづくりに力を注いだ一族
を主役にした大河ドラマがあったら、
「戦国=戦の時代」という一面的なイメージが、もう少し違って見えてくるかもしれません。
「戦って勝った人」だけでなく、「争わないためにどうするかを考え続けた人」にも光が当たる。
そんな物語があっても良いのではないかと、小田原城を歩きながら思いました。
今こそ、平和な国づくりを学び直すタイミングかもしれない展示を見ながら、ふと頭に浮かんだのは、今の世界の状況でした。
不安定なニュースが続き、分断や対立という言葉も当たり前のように飛び交う時代です。
そんな今だからこそ、
- なぜ北条氏は百年も平穏を保てたのか
- どうやって人々の暮らしを守ろうとしたのか
- 権力争いよりも、安定した統治を続けることの難しさ
そういった点にもっと目を向けるべきなんじゃないかと感じました。
「誰が天下を取ったか」だけでなく、
「どうやって平和な世の中を維持してきたのか」
「そのためにどんな知恵や工夫があったのか」。
そうした視点で歴史を見直すことは、これからの社会や国づくりを考えるヒントにもなるはずです。
「視野を広げる城めぐり」としての小田原城
今回の小田原城は、単なる「有名な戦国の舞台を見に行った」以上の体験になりました。
- 「秀吉に滅ぼされた城」というラストシーンだけで見ていた小田原城が、
- 「百年の統治と平和の象徴でもあった城」として見え直す
この視点の変化そのものが、私にとっては“視野が広がる”瞬間でした。
城や歴史スポットを巡るとき、つい「誰が勝ったか」「どう滅びたか」という結果に目が行きがちです。
でもその前に、「そこにどんな暮らしと時間が積み重なっていたのか」。
そんなことを想像しながら歩いてみると、同じ石垣や天守を見ても、感じ方が大きく変わってくるのだと思います。
小田原城は、「戦国の終わり」を象徴する場所でありながら、同時に「百年続いた平和な統治」の記憶も刻まれたお城でした。
また別の季節に訪れて、今度は一夜城跡から「攻める側の視点」も含めて、もう少しゆっくりとこの地域の歴史を味わってみたいと思います。

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